| **コラム** | |||||||
| 2005年9月1日 | 竹内先生ありがとうございました。 これまでの10年間、一目均衡表をどのように伝えていくべきか、 そして勉強会参加者の皆様に真に役立つ思考法を身につけていただく為に、 手探りで会を重ねてまいりました。 竹内先生にその重責のほとんどを負うて頂いてきましたが、 10年を節目に、新しい世代に任せたいとの 事で2005年6月を最後に勉強会の講師を降りられました。 数少ない本物をご参加の皆様も理解されておりまして、 年4回の勉強会を楽しみにしておられる方も多く本当に残念ではありますが、 これ以上無理をお願いしつづける訳にもいきません。 今後新しい形で会を継続していきますが、 この場をお借りして竹内先生への感謝を述べたいと思います。 本当にありがとうございました。 写真は先生の、最後の講義風景です。 この日は一目山人の写真をお持ちになり、最後まで山人の人となりを伝えようとのお心遣いを頂きました。 竹内先生は今後も「株価予報」でご活躍されながら、経済変動総研に対しアドバイスを頂いています。 竹内先生、本当にありがとうございました。 そしてこれまで御参加頂いた皆様も、この様な良き会を開けました事感謝いたします。 今後ともご指導ください。 <勉強会の様子>
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| 2005年2月27日 | ブログ「一目均衡表日記」を始めました。 URLはこちらです。 http://ichimokusanjin.ameblo.jp/ |
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| 2005年1月9日 | 2004年平均株価を振り返って 2004年の相場のポイントは、4月26日から5月17日まで12日間の下落、これに尽きると考えます。 「4月26日まではいつまで上げ相場が継続するのか」が問題点であり、 「5月17日以降は12日間の下落をいかに処理していくか」が問題点になった訳です。 4月26日までの相場変動については、これまで勉強会その他で何度もご説明しましたので、 ここでは4月26日以降の変動について述べていく事とします。 チャートを御覧下さい。4月26日はいくつもの3波動を形成し時間関係もいっぱいにとったポイントであり、 値段も1月20日から2月10日までの下げ幅を1月20日11193円に足したV計算値、 12087円(この値段は2002年高値とほぼ一致します。)をわずかに超えた12195円であります。 ここから12日間の下げによって、均衡表各線を全て割り込んだ以上は、この12日間の下げをいかに償却するかが、 方向性を判断する為の重要なポイントとなります。 一般的には下げの3波動Nを形成するか、中間波動を形成し準備構成をとるか、のいずれかで、 下げの償却を確認する事となりますが、5月17日から7月1日までの34日間の上げで均衡表を上抜いた事により、 長期のモミアイ相場を決定付ける事となりました。 以後高値の切り下げ、安値の切り上げというPのP波動(三角持合)となっていますが、 この変動での時間関係は次のようになります。2月10日から5月17日まで65日間に対応して、 5月17日から8月16日まで65日間、4月26日から8月16日まで76日間に対応して8月16日から12月3日まで75日間。 この8月16日、12月3日は、もしも均衡表のどれかの線と触れる位置の場合は、 方向性を判断する(つまりNを確定する)重要なポイントでありますが、 この場合は下げの処理に必要な時間を、一応は経過している。と捉えておけば良いと思います。 さらに8月16日から10月7日までの37日間に対応して10月7日から12月1日まで37日間、 10月25日から12月16日(均衡表の位置に注意)まで37日間となっています。 10月25日からの変動は短期的には非常に重要でありまして、この日からの基本数値26日目に12月1日、 33日目に12月10日と一種の準備構成を経て、12月16日に対等数37日目を出発点としています。 充分に時間を経て、絶好とは言えないまでも妥当なポイントから出発した以上は、 目先は上げ相場を判断しても良いと言えるでしょう。 ただしこれをもってモミアイ離れと見るべきではありません。 なぜならこの相場が上げ相場を形成するならば、12月10日や16日を相場の起点とするだけでなく、 それ以前の安値10月25日、8月16日等の安値を出発点とした相場の影響力を受けつつ上げていく訳でありまして、 この変動での計算値が最大のものであっても12275円で4月26日をわずかに越える程度であるからです。 14000円を、声を大にして主張する方もおられるようですが、それは少なくとも7月高値を上抜いてから考えるべきであります。 ![]() 上の画像をクリックすると拡大表示されます。 |
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| 2004年1月28日 | 私は一目山人の時間論に最も影響を与えたのは、唯識論ではないかと考えています。 唯識論は道元と。道元はベルクソンと、時間の哲学が対比され、その共通性が指摘されています。 一目山人は少年期、曹洞禅を学んでいました。 ベルクソンの哲学に触れた事は山人自身が語っています。 唯識論、道元、ベルクソンの哲学が、均衡表及び一目山人にどのような影響を与えたか。を知る事で、 一目均衡表の「時間」について考えてみたいと思います。 唯識論は紀元300年から600年くらいまでインドで展開した大乗仏教思想です。 三蔵法師のモデルとなった玄奘が中国に伝えたのがこの唯識論で、 日本には玄奘に学んだ留学僧、道昭が法相宗として伝えたと言われています。 日本では倶舎論と共に仏教における基礎的学問としての伝統があります。 仏教には宗派に関わらず前後裁断、瞬間消滅の考え方がありますが、 この問題に対する唯識論の答えは精緻を極めます。 要するに理解するのは大変難しいのですが私が読んだ本では 「この世界にはただ表象があるのみで、外界の存在物は無い。表象は識の変化によって表れると説く思想。」 と書かれていました。 以後私なりの理解した唯識論を語るので鵜呑みにせず興味のある方は自分で調べてください。 唯識論は瑜伽師(ヨガによる修行の専門家)から生まれました。 瑜伽師達は仏陀の修行をまねる事で、仏陀の悟りを追体験しようとします。 多くの瑜伽師達が心について考察を重ね生まれたこの論理は、300年に渡って議論、研究され完成しました。 (1)この世には心に映じ出された表象しかない (2)「識の変化」によって表象は現れる (3)識とは感覚器官と思考力を媒介とする「認識機能」 意は「自我意識」 心は認識機能の根底にある「潜在意識」 意、心を含めて識と言う (4)潜在意識が現勢化し、現勢的な識がその余力を潜在意識として残すことが、「識の変化」 ![]() 識の変化を図に示すとこうなります。 @から現在まで現勢化した識です。 @が消滅すると同時にAが現れ、Aが消滅すると同時にBが生じます。 つまりAの発生する原因は@が消滅した事により、Bの発生する原因はAが消滅した事によります。 しかしAの現象自体の原因は必ずしも@にあるとは限りません。 識は瞬間毎に消えるものですが、潜在意識は種子として残りますから@の種子が必ずAにおいて現勢化する訳ではなく、 Bや現在、あるいは遠い未来において現勢化する場合もあります。 現勢化した識と言って分かりにくければ映画のフィルムを想像してみて下さい。 @から現在までの一こま一こまの連続によって動きが映し出されるわけですがそれぞれの一こまは一枚の独立した絵であります。 以上が、唯識論の最も基本的な骨子ですが、唯識論者達の目的は「悟り」にありますから、 この論理を用いて悟りの状態を説明し、悟りに至る方法論を展開させていく訳です。 唯識論的に相場変動を捉え直せば次のようになります。 相場変動は瞬間ごとに価格が決定します。例えば500円から530円、530円から550円へと次々に価格は変化します。 価格は売り手と買い手の両者が決めます。言い換えれば両者の一致点でしか価格は成立しません。 500円なら500円の売り手と買い手だけが表象として現れ、530円ならば530円の参加者だけが表に現れると言えます。 ですから530円が成立した瞬間には500円での参加者は潜在力として直ちに相場に埋没し、 次に買い、または売るまでは表に現れる事はありません。 このような理屈の上では @潜在化したものを、現勢化させるものは何か、そしてAその現れ方はどうか、を知る必要があります。 一目山人は@は「売りと買いの認識の変化」にAを「時間関係」にみいだしたのではないだろうかと思われますが、皆さんはどう感じるでしょうか。 |